MEDIA SYSTEM

Presents Vol.01

弊社代表 安田のメールマガジン アーカイブです。

幸・不幸論

[不幸から逃げないことが幸福]

暗闇にいる人間は
その闇が濃ければ濃いほど、痛切に光を求めます。
前回お話したように、起業、そして経営の危機という試練を経て、
僕は幸福について深く考えるようになりました。
どう考えても気恥ずかしくなるくらい大きなテーマです。
しかし、闇の中にいた僕は、
ただただシンプルに幸福を願い、それを探さざるを得ませんでした。
幸せになりたい。そのためにどうあるべきか。
いや、そもそも幸せとは何か───。

これほどの大テーマ、
当然ながら答えなどすぐには見つかりません。
しかし、あるとき、ふっとヒントが浮かびました。
幸せとは不幸の対極、
ならばまず不幸を考えてみよう───。

すると、ほどなく不幸についての答えを僕なりに見つけることができたのです。

一つ目は、敷かれたレールを歩くこと。
自分で考え、決断をしない人生。常に他人に答えを求める人生。
これは大きな不幸です。
なぜなら自分というかけがえのない存在が、
まったく無意味な存在に貶められてしまうからです。

二つ目は、孤立すること。
孤独は不幸そのものです。
どんなに美味しい食事も、たった一人で食べては美味しくない。
悩みも、喜びも、悲しみも。
全てを共有できる仲間がいなくては幸福にはなれません。

三つ目は、無意味であること。
穴を掘ってまたそれを埋め戻す。
そんな徒労を強制的に繰り返す拷問の話を聞いたとき、
戦慄が走りました。
そこには絶望しかありません。
何かのために、誰かのために。
そうでない行為はすべて無意味です。

これが、僕の見つけた三つの不幸です。
そして、当然ながらその対極が幸福であることも同時に見つけたわけです。

僕は探し求めていた幸福の姿をとうとう捉えることができました。
しかし、残念ながらそれで一件落着とはいきませんでした。
幸福が続くこともまた不幸であると、
僕は後の経験から知ることになります。
光を知るには、闇もまた必要です。
幸福とは、
闇と光を良い加減のバランスに保つことで初めて感じられるもの。
そのために、不幸とは、決して逃げ出してはならないもの───。

幸福であるためには、
不幸が幸福を少し上回るくらいがちょうどいい。
逆説的ですが、これがいま、僕の得ている結論です。
そうすれば人は幸福へ向かって進もうとします。
そうやって、不幸と幸福の狭間を行きつ戻りつする。
その状態こそが、実は幸福というものではないだろうか。
僕は、そんなふうに思っています。